女子プロレスラー 帯広さやかさんインタビュー

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 同期は小学生! ~デビュー、そしてあっという間の6年間

― 札幌にいて、女子プロレスに憧れ続けていた帯広さん。高校卒業と同時に入団されたんですか?

帯広「実は、そこから5年間の空白があって。一度は、プロレスを諦めたんです。想いはあったんですけど、プロレスだけで生活していけるのかな?と」

 

― 北海道で就職する路を選ばれたんですね

帯広「アルバイトを何年かしてから、就職をして、その後、草野球に目覚め、働きながら野球をやっていました。でも、22歳の時に仕事を辞めることになって。そのときに、人生もう一度、チャンスがあるとしたらプロレスがやりたい!そう思って履歴書を送りました」

 

― ご両親の反応はどうでした?

帯広「泣かれました。『あんた、怪我したらどうするの!』 って言いたいことは、他にもたくさんあったと思うんですけど…」

 

― 説得して出てきたんですか?

帯広「振り切って出てきました。もうチケットとったから! って。ひどい話です(笑)」

 

― その後、ご両親は納得してくれましたか?

帯広「はい! 今、母は応援してくれるようになって。最初はデビューした日も連絡しなかったんです。でも、北海道で遠征試合するときに、初めて実家へ 『デビューしたんだけど…』 って連絡したら 『そんなの知らない』 って言われて。すぐには認めてもらえなくて。2度目の北海道遠征の時にもう一度、大会があるから来て下さい。って、お願いしたら観に来てくれて。お母さん、感動して泣いちゃって。『 あんたががんばってるんだから!』 って受け入れてもらえました」

 

― 実際にリングに立つ姿を見て、ついにご両親も応援してくれるようになりましたか!

帯広「はい。今はもう、グイグイ来ますから(笑)。私が何も言ってないのに、プロレス雑誌に私の情報が掲載されると、もう、買ってあるんですよ。 実家に帰ると本棚にその雑誌が置いてあって、え! あれ? ってなります(笑)。どうやって情報収集しているのか…家庭内ストーカーされてるみたいな状況になってます(笑)」

 

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― 娘の活躍を見逃さない! 素敵なご両親ですね! 上京した当初のこと、覚えていらっしゃいますか?

帯広「最初の2週間くらいはホームシックでした。寂しかったですね。どうしていいかわからない。朝起きて、掃除して、練習して、ご飯を食べる。その毎日なんですけど、なんか、世界と情報を遮断された! みたいな感覚になってしまって(笑)。私はもう世界から離れてしまった! って」

 

― どういうことですか?

帯広「ある時、みんなで、じゃあ、テレビ観ようか。って、と事務所のテレビをつけたんです。私はそのときTVを観る余裕すらない生活で。食器を洗いつつ、何観るのかなー。ニュース観たいなー。ってワクワクしていたら、みなさんプロレス試合のDVDを観ていて!…こ、これは!ニュースではないパターン!やっぱり社会と遮断されている!って(笑)そんなんで泣いたりしてました(笑)」

 

― 1人で上京して、知らない人に囲まれて、新人として修行しているわけですから、辛かったですよね。

帯広「でも、みんなが通る道ですから。でも昔の先輩たちの時代から比べると全く大変ではなかったと思います。今だったら、当時の自分のような新人さんに対しても、こうしたらいいんじゃない? って言えるけど、当時の自分には難しかったんですね」

― 同期は居なかったんですか?

帯広「当時、同期は小学生と中学生だったんですよ」

 

― 同期が小学生? どういうことなんでしょうか。

帯広「今は身近に小、中学生のレスラーはいないのですが、我闘雲舞 (ガトームーブ)には9歳でデビューして今年10周年を迎える里歩選手がいます。そうやって小さい頃からプロレスを始めた選手たちが同、私の同期になるんです」

 

― それでは、当時は寂しかったでしょうね。さすがに小学生には相談できないでしょう。

帯広「さすがに、家に帰りたいとは言えないですよね(笑)」

 

― その状況は長く続いたんですか?

帯広「デビューするまでですね。デビューまで5ヶ月くらいかかりましたから長かったですね」

 

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2010年4月29日 帯広さやかデビュー戦 画像元:http://goo.gl/67nyfN

 

― 帯広さんのデビューはいつですか?

帯広「2010年4月29日にデビューしました。」

― 最初にリングに出たときのことを、今でも覚えていらっしゃますか?

帯広「覚えてます! すっごいライトが眩しい! 熱い! 苦しい(笑)。たしか、5分半くらいで負けたんですけど、なんだったんだろう。…試合の内容は覚えてないです。お客さんの声も聞こえなかった…」

 

― デビュー後は、どんなお気持ちでしたか?

帯広「デビューしたら、応援してくれるお客さんがいるから、簡単には引けない。辞められない。やるしかない! と思いました」

 

― それから、今年で何年ですか?

帯広「今年で6周年です。いつの間に! 6年!」

 

― 振り返られてみて、いかがですか。

帯広「あっという間でしたね!だけど、体感している時間としては、10年くらい経っている感じがします」

 

― 中身の濃い時間を過ごしていらっしゃったのですね! それではここで、いよいよデビューしてからの経歴をお聞かせください。

帯広「 デビューして1ヶ月後に、インターネット配信のみで大会を行う団体の代表となり旗揚げしました。自分の高校時代の経験から、観たくても観られない人達にも女子プロレスを届けたい!という思いがありました。そこから1年半程、代表を続け、またデビューした団体に所属復帰をしたり…(笑)」

― その後、帯広さんが現在所属している我闘雲舞 (ガトームーブ)へ入団されるんですね。我闘雲舞 (ガトームーブ)は何年設立ですか?

帯広「2012年。旗揚げ戦は9月です。私はそこから3ヶ月後に我闘雲舞 (ガトームーブ)へ移籍しました」

 

― 我闘雲舞 (ガトームーブ)は立上げ当初からタイでプロレス試合をする。というコンセプトだったんですか?

帯広「旗揚げ当時は代表のさくら選手しか所属がいなかったので代表に伺わないとわからないことも多々ありますが、タイには元々プロレス団体がなかったんです。現地の事情を知る方に言わせると、タイでプロレスを広めるのは 『絶対無理だよ!』 ということだったようですが、今では沢山のタイ人選手がデビューしています。私は参戦できなかったのですが、先日タイで開かれたジャパンエキスポ でプロレスの大会を開催しまして。そちらにはさくら選手と里歩選手も参戦しました。初めてタイでリングでの大会が開催されたのですが、私もインターネットで観戦しまして、感動しました!」

 

― エキスポのイベントとして試合をして、注目が集まって、プロレスという文化が世界に広まっていくと面白いですね。

帯広「少しずつなんですけど、タイでもお客さんが増えてるんですよ」

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JAPAN EXPO THAILAND 2016  画像元:http://ameblo.jp/mikaluka/entry-12122309711.html

 

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