パンと共に生きる生活 ~本当の『スローライフ』って,なんだ?
― ここから遊びについて、お伺いいたします。
杉山「実は、この話をするのが非常に難しいなあ、と思っていました(笑)。私が生まれた時、既に家業がパン屋だったので、パンの仕事があるのが当たり前の生活でした。だから、何が仕事で何が遊びかわからないところがあるんです」
― 自営業の方はそういったところがあるのかもしれませんね。今は、お仕事のお休みは決まっていらっしゃいますか?
杉山「決まっていないです。」
― では、ずっとお仕事をしていらっしゃる?
杉山「仕事かどうかも良く分からない。何をもってして仕事なのかがわからない感じなんですね(笑)。家で朝食にパンを食べているときも仕事といえば、仕事をしているんです」
― それもそうですね! じゃあ、お休みを決めて休まれることはないですか
杉山「ないんです」
― お辛くなりませんか?
杉山「そういう感覚が無いんです。休もうと思えば、いつでも休めますから、体調が悪い時は無理せず休みます」
― ご自身の生活の一部として仕事があって、それが自然な状態なんですね。
杉山「今の仕事は、休んでもなくならないんです。やろうとおもえば、無限にやることがある。タイミング的にすぐにやらなくてはならない仕事もありますよね。休めばその分、仕事が詰まってくる。詰まってくると時間に追われて作業的な仕事になってしまって、満足できる仕事じゃなくなってしまうでしょう」
― ご趣味は何ですか?
杉山「旅行と答えることが多いです。あ、旅行というか、出張です」
― 出張!やはり、仕事ありきなんですね(笑)。進学も留学も遠くへ飛び出して行かれましたが、元々、知らない土地へ行くのがお好きなんですね。
杉山「はい、それは好きですね」
― 出張で行かれるなら、お仕事先以外はどういったところにお立ち寄りですか?
杉山「そうですね、その土地のパン屋に寄ったり、新しい商業施設を見に行ったりすることが多いです。食べ物はできるだけ、その土地の美味しいものを食べに行くようにしています」
― 何かお仕事で愛用していらっしゃる道具がありましたら、ご紹介いただけませんか?
杉山「あ、これですね。一番使うのはこのペンです。SARASAの0.3mmが一番使いやすいです。なるべく文字を小さく書きたいので、去年、5mmから3mmに替えました。文字を小さく書くと、パッと見た視界の中に入る情報量が多くなります。今は、皆さんスマートフォンをお使いですけれど、僕にとってはこれがスマートフォンです(笑)」
― 手でお書きになる習慣をお持ちなんですね。
杉山「あまり記憶するのが得意じゃないので、出来るだけメモするようにしているんです」
― 好きな書籍、映画、音楽がありましたら、教えて頂けますか?
杉山「音楽ですね。妻がピアノを弾きますので、クラシックのピアノ曲は聞きます」
― ご自宅でクラシックピアノの演奏が聴けるなんて素敵ですね。クラシックがお好きなんですか?
杉山「そうですね。小さいころから家でもよく聞かせてもらいました。ドビュッシーが好きです。『喜びの島』とか、『月の光』が好きです」
― 仕事と遊びの切り替え方について教えてください。先程、仕事と遊びをあまり区別してお考えではないと伺いましたが…
杉山「私からすると、今の世の中が『仕事と遊び』を過剰に意識しているように感じます。一時期、ワークライフバランスをどうするとか、欧米式に休みはしっかりとる。ということがさかんに言われていましたが、欧米人でも仕事ができる人は、特別、仕事と遊びを切り分けているわけではなかったりしますよね。日本人は本来勤勉で、日本には優秀な職人が多いと思います。島国の中で育ち、近い感性を持つ人間が、切磋琢磨してモノづくりを続けていくと際立ったものが出来ると思うんです。今は数が少なくなりましたが、世襲制というのを何代かやっていくと、そこに天才が生まれることがある。それによって文化が発展したという歴史がありました。今はそこへ欧米式の働き方が入って来て、その仕組みが変わってきているように思います。だから、あまり『遊び』と『仕事』を意識しすぎないことが必要なんじゃないかと思うんです」
― 『スローライフ』=『たくさん休みをください』ということだけに直結して日本人が働かなくなった!
杉山「仕事も遊びも両方スローだったらダメじゃないですか(笑)? それを理由に仕事をサボろうとする人がいっぱいいるんじゃないかなと。仕事がファストだからこそ、それ以外がスローであり得るんだと思うんです。毎年海外視察へ行きますが、今の日本企業がバリバリやっている海外企業に勝てるのか? と言ったら、勝てないですよね」
― 世襲制というお話が出ましたが、十勝は他の地域に比べて、比較的、スムーズに家業を継ぐ方が多いそうですが、なぜですか?
杉山「土地の豊かさでしょうね。十勝は農家が多くて、農業は世襲が必要な業種ですから」
― ストレスの発散方法がありましたら、教えてください。
杉山「最近は、あまりストレスを感じていないんです。一番辛かったのは、この店(麦音)を作った時でしょうか。その時は十二指腸潰瘍になり、中心性網膜症になって。あの時は、結構、無理をしたんですね」
― お幾つの時ですか?
杉山「7年前なので、33歳の時です」
― どんなお辛いことがおありだったんですか?
杉山「物事や人に対して、思うようにいかない。ということがストレスになったんでしょうね」
― 33歳といえば、28歳で十勝に戻られてから、わずか5年後。お若くして代表になり、さらに新店舗をお作りになるということは大変なことでしたでしょうね。今は、ストレスはないですか。お仕事、楽しいですか?
杉山「そうですね。…普通です(笑)」
― 普通!(笑)
杉山「ええ(笑)」
― 最後に、今後の目標と夢を教えてください
杉山「2010年から会社のビジョンとしては、『2030年に十勝がパン王国になる』ということを掲げています。この目標の達成に向けて、ロードマップに従って進んでいきます。直近では、今年11月に東京出店を予定しています。この東京店を軌道に乗せるということが目標になりますね」
― 個人的に目標にしていらっしゃることはありますか?
杉山「個人的な目標は『父を超えること』なんです。父はもう亡くなっていないのですが、時々、どうやって父を超えることができるかな。と考えることがあります。この店(麦音)を作った時に、超えられたかな。と思ったんですが、案外、そうでもない感じがして。店で使用する小麦をすべて十勝産に切り替えた時に記念パーティをしたんですが、その時も、超えられた感じがしなくて。次、東京出店が上手く行ったら、超えられるのかな。と思ったりして」
― お幾つの時にお父様をなくされたのですか?
杉山「16歳です」
― その時お父様はお幾つでいらっしゃいましたか?
杉山「44歳ですね」
― 杉山社長が、亡くなったお父様のお年になるまで、あと4年ありますね。
杉山「そうですね。父と同じ年になったら、実感が出るかもしれないですね」
― 今日は、ありがとうございました。遊びと仕事はあまり意識し過ぎない方が良いのではないか? という新しい見解、大変勉強になりました。
杉山「ありがとうございました」
杉山 雅則 (すぎやま まさのり)
1976年1月4日 帯広出身 血液型O型帯広の老舗パン屋 満寿屋商店 の2代目社長 杉山
健二氏の長男として生まれ、満寿屋本店の3階で幼
少期を過ごす。米国での製パン修業を経て、帰国後
東京の製粉会社へ就職。2002年満寿屋商店に入社、
東京営業所長、専務を経て2007年に4代目社長とし
て就任。地産地消にこだわったパン作りや、食育を
通じて、十勝の魅力を道内外へ発信し続けている。
(取材:2016年 7月)
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