横浜シネマリン 支配人 八幡温子

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映画サークルメンバーから経営者へ。

今回はスペシャルインタビューといたしまして、映画愛を形にした『横浜シネマリン』オーナー・支配人の八幡温子さんにお話を伺います。

 

 きっかけは映画サークル?

― どうぞ、よろしくお願いいたします。まず、八幡さんのご経歴の部分からお伺いさせてください。横浜キネマ倶楽部に所属なさっていたんですね。

八幡オーナー(以下:八幡)「キネマ倶楽部は立ち上げの時から関わっています。キネマ倶楽部設立のお話からしますと、横浜に単館系の映画館を5館経営している会社があったんですが、放漫経営で5館いっぺんにつぶれてしまったんですね。従業員さんと未払い賃金の問題とかで争議になって、その後すぐに和解したんですけど、さて、映画館も全部なくなってしまったし、従業員の人たちはみんな路頭に迷ってしまったんですね。じゃあ、映画サークルみたいなものを立ち上げて、映画館を再建するという目標を掲げて活動しよう、ということになりまして、それが横浜キネマ倶楽部の前身です。その頃私は、ちょうど実家のある横浜へ帰ってきていて、映画サークルを立ち上げるなら、私も混ぜてくださいということになって参加することになりました。映画が好きだったのでね」

 

― 八幡さんはお客さんとして映画館に通っていたのですか?

八幡「そう、5館あったうちのひとつに『関内アカデミー』という映画館があって、お客として通っていました。そこでは岩波ホールでやっているような作品とか、おしゃれな作品をいっぱいやっていたんです。その映画館のファンだったんですよ。横浜に来る前にも茅ヶ崎市で映画サークルにいたものですから、そのときのノウハウを生かせると思いますので、と立ち上げの時から参加させてもらいました」

 

― 横浜キネマ倶楽部というのは、元映画館従業員が集まって作られた組織なんですか?

八幡「そうですね、その時の争議の団体がそのまま横浜キネマ倶楽部のメンバーになっています」

 

― 一般の方の趣味のサークルというのではなくて、映画のプロ集団ですね。

八幡「いや、そうでもないんですよ。従業員の方達は実際にモギリとか、映写機を回したりしてますけど、経営のことに関しては、全く素人で分からない、という感じでしたから。立ち上げて、従業員さん達はシネコンに就職が決まったり、もう一度映画のことを勉強したいと言って映画学校に入ったりして、ひとり抜けふたり抜けして。今は、映画ファンだった方達が残って10名くらいで運営しています」

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― 今回、復活した横浜シネマリンですが、その横浜キネマ倶楽部の皆さんと共同経営することはお考えになりませんでしたか?

八幡「映画館のデジタル化って、改装するのにものすごくお金が掛かかるんですね。お金が絡む話でもあるし、映画サークルの中で、合議制でひとつひとつ話し合いながら進めていくのはとても困難だと思いました。ここにキネマ倶楽部を絡めたら、この映画館を引き継ぐ話はややこしくなるかな、と思って」

 

― それで、おひとりでオーナーになられる決心をなさったのですね。八幡さんがこの劇場を引き継ぐことになったのは、映画技師の方から声をかけられたのがきっかけだそうですが?

八幡「はい。映写機のメンテナンスを担当していた方だったんですけど、本当はその方が自分で継ぎたいと思っていらっしゃったんです。でもお金が集められなくて難しくなったんですが、ビルのオーナーやシネマリンの元オーナーに対して、もう後戻りができなくなっていたんですね。で、誰か(出来る人が)居ないかなあ、とその方が思っていたところに、そういえば、八幡がやりたいって言ってたな、と・・・」

 

― そこで、八幡さんに白羽の矢が立った!と。

八幡「そうなんです。映画サークルに居たときに、「映画館を作りたい」ってあちこちで言いふらしていたものですから(笑)。それで電話が掛かってきて、どこの劇場ですか?って聞いたら、シネマリンだったんですね。こんなに立地条件が良いところだったら、是非やらせてください!ってふたつ返事で。後から、あ、返事なんかしてしまった!って感じで、やるしかないなあ、って思いました(笑)」

 

― その時は、劇場の改修が必要な状況だというのは、ご存知だったんですか?

八幡「いやいや、そのままの形でこの劇場を使えると思っていたんですけど、結局、開けてみたら、カビが生えていて。このビルは築60年なんですけど、壁をちょっとはがしてみると配管が痛んでいたり、実際に消火栓の管なんかは水漏れして天井にシミが出来ていたりなんかして、あっちもこっちもダメで。決定的だったのは空調設備が動かなくなっていて、完全に取り替えなくちゃいけない。「うーん、八幡さん、やめたほうがいいんじゃない?」って言われたんですけど、「いや!ここまできて、そんなわけにはいきません!」って。これ位までは出しますからこの範囲で直してください、って始めることになったんですね」

 

― 実情を見て、やめようとは思われませんでしたか?

八幡「そうですね。でも、今ここで私が諦めたら、横浜から映画館がひとつ無くなるのは確定だし、今、できる条件にあるのは、もう私しか居ないな、と思って」

 

― よくぞ、ご決心なさいましたね!

八幡「まあ、やればなんとかなるかなあ、と思って(笑)」

 

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2014年12月12日にリニューアルオープンした横浜シネマリン

 

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