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沖縄からアメリカ、そして台湾へ。~沖縄のロックシーンから始まった交流 

 

― その後、伊禮さんは沖縄のロックシーンを広めようと海外視察に行かれるんですね。

伊禮「海外をあちこち見ていったら、一番可能性があるのが台湾だな。と思ったんです」

 

― 台湾のどこに可能性を感じましたか?

伊禮「ひと。沖縄と台湾は文化的背景も似てるしね」

 

― 台湾に最初にいらっしゃったのはいつですか?

伊禮「1996年」

 

― 海外は他の地域にも視察に行かれたのですか?

伊禮「最初はアメリカしか見てなくて。(音楽を)録音したものを持ってアメリカ5都市を視察しました。市場の大きさと資本の限界を感じてあきらめかけていた頃に、台湾へ渡航したんです」

 

― 台湾に行かれたきっかけというのは、何だったのですか?

伊禮「一旦こちら(日本)に帰ってきたときに、そういえば、一番近い外国ってどこかな。と思って。単独で台湾に視察渡航することにしました。文化圏が近い様子と、人との出会いから、ここが入口だな。と思って」

 

― 沖縄のバンドのプロモーション資料を携えて、ご自身で直接、台湾の音楽関係者に当たられたんですか?

伊禮「そう。それで音楽イベントを企画して、演奏交流をしていくうちに、本格的に調査の仕事になり、台湾に会社を作ることになりました」

 

― そういったイベントは個人で企画されたのですか?台湾での会社設立の経緯を詳しくお聞かせください。

伊禮「最初は、沖縄県の事業に参加する形です。『沖縄国際アジア音楽祭 musix 2010』の開催準備のために、『国内・海外ネットワーク構築事業』というものを受託しました。東京、大阪、香港、台湾へ渡航して、業界及びメディア関係者への周知及び開催に向けての呼びかけを行う。というお仕事。その後、嘱託職員として沖縄県musix事務局に参加しました。そこから沖縄県の音楽海外市場開拓事業を担当する音楽出版社と契約して、台湾駐在員になりました。台湾での独立開業の準備をして、2011年10月に『你好我好有限公司』を設立しました」

 

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― 県の事業としてこちらで経験を積まれて、その後、独立なさったのですね。海外で会社を立ち上げることというのは、大変なことですよね。よく決心されましたね。

伊禮「タイミング的には、結婚を機に独立を決心しました。彼女のプロデュース(※奥様は台湾関連書籍のベストセラー作家・青木由香さん)と自分の仕事を、自分の会社でやれたらいいな。と思って」

 

― 独立前の受託事業ではどれくらいの期間、調査をされていたのですか?

伊禮「2年です。こちらでの調査や下調べの動きではいろいろ勉強はさせてもらえたんだけど、仕事を始めた最初の1年は後ろ盾も何もないから大変だった」

 

― 独立なさったのは何年ですか?

伊禮「2011年の10月です。今月で4年目だね」

 

― お仕事始められたときは、どんな様子だったんですか?

伊禮「最初は大変だったよね。なんにもないよ。仕事なんて(笑) ひたすらただ働きで営業。自分が出来ることを見てもらう。仕事頼まれても(日本と台湾の為替)レートの計算間違えてね、そのたびに怒られるの(笑)」

 

― 独立されてお仕事するようになって感じられる、一番大きな違いはなんですか?

伊禮「全てのジャッジが自分でできること。フットワークが非常に軽い。日本に比べて台湾の人は決断と実施が非常に早いんです。そのスピードについていくには、自分で責任を持って、その場で判断していかないと難しい。こちらで仕事をしていくには、日本式だと無理があります。ここのスピードと空気にあわせて進めていかないと上手く行かない」

 

― 伊禮さんにとっての台湾とはなんですか?

伊禮「第2の故郷です。人との付き合いが沖縄と同じ。飛行機で1時間あれば沖縄に帰れる(笑)」

 

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