本ウェブマガジン『タシナム』もいよいよ12月号となりました。とはいえ公開は11月の25日でございますから、年末と言うには少々早うございますね。これから怒涛の師走が訪れる、嵐の前の一凪、といったところでございましょうか。
そんな忙しい年の瀬ですから、せめて映画は一息つけるようなものがいい。しかも、1年の酸いも甘いもすべて併せ呑んでしまえるような、胸の空くやつが。
と、言うわけで、2016年最後の本コラムでご紹介しますのは、ちょっとした大人の御伽噺でございます。
こちらの映画、もちろん社長も登場する上、現在一国一城の主たる経営者の皆さんにおかれましては、時代の流れを興味深く味わえる作品でもあるのです。
『大逆転』。1983年のアメリカ映画です。
『
大逆転 』
1983年 アメリカ映画
ジョン・ランディス
将来を嘱望され、商品先物会社の重役として腕を振るう男、ウインソープ。
しがないホームレスとして日々を生き抜く男、バレンタイン。
ある日、2人の運命はウインソープの勤める会社の経営者2人のちょっとした賭けのために大きく狂わされる。その結果、ウインソープはすべてを失って落ちぶれ、バレンタインは一躍証券会社の重役に。
しかしひょんなことから経営者2人の掛けについて知ったバレンタインは、ウインソープと共謀して大逆転を仕掛けようとする…。
突拍子もない設定と展開、ひと癖もふた癖もある登場人物、そして約束された結末。
こう書きますと、本作は絵に描いたような『ハリウッドのハートフルコメディ』といって良いかもしれません。
しかし、実際に観てみると、これがちょっぴり違う。
では何が違うのか、と問われますと、これがなかなか説明しにくい。
ひとひねりある、というのともまた違う。
なんと申しますか、この映画独特の奇妙な味があるのです。
この『味わい』をキーワードに、本作をご紹介してまいりたいと思います。
まず、登場人物のたちの持つ、際立った奇妙な味わい。
主人公の1人、ウインソープは、証券会社の腕利きトレーダーから一夜にして身を持ち崩すという波乱の人生を歩む人物ですが、もう、持ち崩す前から何か変。
ロボットのような早口でまくし立て、常にどこか世間とはずれた行動をとります。『いつか何かやらかすな』というよりも『いつもやらかし続けている』感じ、と申しましょうか。ですので、ついつい細かいしぐさまで目で追ってしまいます。
それもそのはず、演じているのは、ダン・エイクロイド。アメリカの長寿悪乗りコント番組『サタデーナイトライブ』出身のコメディアンです。『ブルースブラザーズ』ではクールながらもどこかピントの外れた役柄を演じたと思えば、SFコメディ『コーンヘッド』ではとてつもなく頭の悪いトウモロコシ頭の宇宙人を演じるなど、怪演多数。
そして、もう一人の主人公であるホームレスを演じるのは、エディ・マーフィー。いわずと知れたハイテンポ俳優です。
これはあくまで個人的な印象なのですが、ファンキーな黒人がアメリカの山の手・ビバリーヒルズにやってきて型破りな捜査をする『ビバリーヒルズコップ』を筆頭に、彼の持ち味は似つかわしくないところに入り込んでいって引っ掻き回すことで生まれるおかしさ、だと思うのです。
しかし、本作では少し違った笑いを提供してくれます。
それは、『間』。あののべつ幕なし喋りまくっている印象のある彼が、間で笑わせてみせる。これはちょっと見ものです。
もちろん、とんでもない悪乗りシーンも用意されておりますので、安心できる仕上がりです。
さて、つい数行前に『間』の笑い、ということを書かせていただきましたが、じつはそれこそが本作のもうひとつの奇妙な味わいの源なのです。
ハリウッドコメディといえば、軽妙な台詞のやり取り、スラップスティック、といったイメージがありますが、本作、見事にその逆をいきます。
一番盛り上がるはずのところで、何もしない。ここで突っ込みを入れれば観客は反射的に大笑いするだろうに、あえて静かに落とす。
わざと外してみせる笑い、とでも言うのでしょうか。
笑いどころを言葉で説明するほど野暮なこともないと存じますので、この一種奇妙な笑いどころはぜひ実際にごらんになっていただきたいと思います。
しかし、やらかすところはやりすぎなくらいやらかすのも本作の特徴。特にラスト間際で『大逆転』の鍵を握る『ある存在』をめぐって繰り広げられる一連のくだりなどが、それに当たりましょう。
本作の監督はジョン・ランディス。『ゴーストバスターズ』などでヒットを飛ばしたコメディの名匠です。実は本作の『間』で笑わせる演出は、監督の持ち味そのもの。
最後に、本作の別の側面についてご紹介いたします。
経営者によって運命を狂わされ、それに『大逆転』で対決しようとする主人公たち。実はこの肝の部分こそが、本作が作られた時代と現代では大きく様相が異なっているところでもあるのです。
それは、本作の原題にもあるように『Trading Places』、つまり先物取引です。
クライマックスの舞台は『ワールドトレーディングセンター』。その存在はもちろん、取引の様子も時代を感じさせます。
しかし、何よりも違って見えるのが、一連の逆転計画の鍵を握る『とあるもの』。これが、いかにもかの時代の先物取引らしい仕掛けになっています。
彼らの『大逆転』は果たして現代に通用するのか? はたまた現代で彼らが『大逆転』を仕掛けるためにはどんな新たな計画が必要なのか?
そんなことを考えながらご覧になりますと、また別の楽しみ方ができるかもしれません。
社長に運命を狂わされた男たちを巡る、ちょっぴりハリウッドらしくないギャグ満載のコメディ。『大逆転』をご紹介いたしました。
(2015.11. 文:黒田 拓)