秋でございます。
本ウェブマガジンの制作会社・蝶道社は北海道は札幌にございますので、この季節はとても貴重です。北海道ではあっという間に雪が降り、秋が過ぎ去ってしまうからです。
などと申しておりましたら、今年はもう雪が降ってしまいました。
でも、秋。心の中の秋は未だ終わりません。食欲の、スポーツの、芸術の秋はこの地が雪に閉ざされるまで続きます。
特に食欲。秋の食べ物はことさらおいしいですものね。
今回は、そんな食欲の秋にふさわしい映画をお届けします。
そして実は本作、社長の新たな形を見せてくれる映画でもあるのです。
『シェフ~三ツ星フードトラック始めました』。2014年のアメリカ映画です。
『シェフ』
~三ツ星フードトラック始めました~
2014年 アメリカ映画
ジョン・ファヴロー監督
気鋭の料理人として知られるカールは、ロサンゼルスの高級レストランで有名料理評論家に挑むが、レストランのオーナーと衝突した挙句、不慣れなツイッターでのミスにより全てを失ってしまう。
落ちぶれたカールは離婚した元妻の誘いで息子と共にマイアミに向かい、そこで人生の転機となるとある食べ物に出会う。
かくしてカールは、息子と元同僚のマーティンと共に、フードトラックでアメリカ横断の旅に出ることになったのだった。
『飯テロ』という言葉がございます。SNSなどにおいしそうな食べ物の画像を載せ、見た人間を空腹で身悶えさせることを指します。『テロ』にしては随分と微笑ましい行為ですが、実際に遭遇すると、結構深刻におなかに響きます。
この言葉を借りるならば、この映画は、恐らく映画史上でも5本の指に入るほどの『飯テロ映画』と言えるでしょう。
まず、料理を作る手つきからしておいしそう。
主役を張る役者さんたちは事前にコーディネーターから料理の腕をばっちり叩き込まれたとのことで、その腕前をごく自然に演技の中に織り込んでいくさまは見事の一言です。
特に主人公役でもあり、本映画の脚本・監督・製作もつとめたジョン・ファブローは、食への思いの強さから本作を撮りあげただけに、手つきも鮮やかに次々と料理を作っていく様は思わず引き込まれます。
手がける料理は、東南アジアのテイストを取り入れた高級創作料理から、アメリカ人の愛するスライダー(小ぶりのサンドイッチ)までいろいろ。
特に、元恋人の部屋でペペロンチーノをさっと作ったり、息子にチーズのとろけたグリルドチーズサンドウィッチを振舞ったりする、さりげないシーンがたまりません。
そう。この『さりげなさ』こそが、本作のキーワードであり、屈指の『飯テロ』映画たらしめる所以と言えましょう。
なにより、登場人物がおいしいものを食べた時のリアクションが違う。
主人公達が有名店にふらりと入って名物料理を味わうシーンなどはドキュメンタリータッチで撮影されているため、オーバーアクションではないリアルな反応がまた食欲をそそるのです。
一口食べて、思わず無言になる主人公たち。そんな姿に、『食べたい!』を越えた『なんだか悔しい!』という食べ物の恨みを感じすらします。
このあくまでも抑えたさりげない演出は、料理を軸に絡み合う様々なドラマをも新鮮に描き出して見せます。
例えば、主人公・カールと息子との交流。カールは離婚した元妻の下にいる息子と一緒にフードトラックでアメリカを横断することとなるのですが、日本を含めたアジアの映画や有体なハリウッド映画だと、ひと波乱あって絆を確認したりする。そんな展開が予想されます。
でも、何にも起きない。
旅を続ける毎日を送りながら、時折ほんのちょっとだけ絆を深めていく。例えば、日々様々な州で自慢のキューバン・サンドウィッチを売る慌しい姿の中で、息子がどんどん手つきが鮮やかになっていく。そういったさりげなさが、逆に心に染み入るのです。
そして本作は、なにより『今の時代』を反映したサクセスストーリーでもあります。
主人公と衝突する有名料理評論家は、ネット上で強い影響力を持つブログ執筆者、いわゆるアルファブロガー。そして、主人公が落ちぶれる原因も、再出発を支えるのも全てTwitterをはじめとしたウェブ上のギミックです。
フードトラックによるロードムービーといった非常にアナログな筋運びですが、実は背景にあるのは、最先端の情報伝達システムというわけです。
本作の裏のテーマは情報戦、と言ってもいいのかもしれません。
そして主人公が一国一城の主となる過程こそが、まさに今の時代のビジネスの姿であり、現代の社長の誕生の瞬間でもあります。
『アイアンマン』のヒットで知られ、近年は『ジャングルブック』などの大作を手がけた現代ハリウッドのヒットメーカーの一人、ジョン・ファブローが本当に撮りたかった映画、というだけあって、食べ物、人物、全てに愛情を注いで撮影された事がよく分かる作品です。
出演者も『アイアンマン』では監督と主演の関係だったロバート・ダウニーJr.をはじめ、『え、こんな人が出ちゃうの?』という豪華キャスト。そして誰もがとっても楽しそうに演技しています。
それから最後にご注意を。この映画、決して、空腹時にはご覧になりませんように。身もだえすること必至です。
愛ある『飯テロ』映画から見えてくる、現代の社長のあり方。
『シェフ』をご紹介いたしました。
(2015.10. 文:黒田 拓)