評価というものは大変に難しいものでございます。

 ほんの一言のさりげない褒め言葉で俄然ぐんぐんと伸びだすお子さん。

 かと思えば、最高の賞賛がプレッシャーとなり、押しつぶされていく野球選手。

 映画の世界でも、どうやら同じことが言えそうです。

『観客の9割が泣いた!』の売り文句でとるものもとりあえず劇場に足をお運びになる方もいらっしゃれば、逆に絶対に観に行くもんか、と決め込む御仁もいらっしゃる。

 賞賛の言葉においてもまた然り。

『カンヌ映画祭で、あの『パルプ・フィクション』とパルムドールを争った名作』

 この賞賛は最高のものであるのと当時に、こんな印象を抱かせもします。

『なんか、クロウト向けっぽい…』

 ここでいう『玄人』とは、いわゆる映画通のこと。実は当方も、そんな印象を抱いた一人でございました。このせいで敬遠されちゃうこともあるわけでして、やっぱり評価というものは大変に難しい。

 事実、今回ご紹介する映画には玄人向け要素たっぷりでございます。でも、でもですね。この映画、そういった要素を抜きにしても、遊び心に溢れた大変楽しい映画なのです。

 しかも、主役は社長です。

 『未来は今』。1994年のアメリカ映画です。

 

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『未来は今』
原題『The Hudsucker Proxy

1994年アメリカ映画
監督: イーサン・コーエンジョエル・コーエン

 

1958年。職を求めてニューヨークにやってきた青年・ノーヴィルは、ふとしたきっかけから大企業ハドサッカー社に郵便係として勤めることとなる。同じ頃、会議中にハドサッカー社の社長が突然ビルから身を投げてしまう。

 遺言なしで社長が命を絶った以上、このままでは社の取り決めで社長の株が市場に開放されることとなる。社の重役・リップバーガーは会社を買収する陰謀の第1歩として株価を暴落させることを計画。そのために無能な人間を社長にすることを思いつく。

かくしてノーヴィル青年は突如大企業の社長となるのだった……。

 

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『The Hudsucker Proxy』 画像元:http://goo.gl/xmHPy4

 

 監督は、あのコーエン兄弟。『ファーゴ』や『オー・ブラザー!』などで名を馳せるインデペンデントスピリット溢れる名匠です。様々な映画や古典文学からのパスティーシュ(作風の模倣)を織り交ぜる作風は、正に『玄人好み』と言えましょう。

 実際、本映画は過去の様々な映画からの引用に溢れています。台詞やシチュエーションと言った表面的なものから、人物構図や構成といった巧みに隠されたものまで。うーん。すごい。お見事。にやりとさせられたり、唸らされたり。計算されつくした徹底振りです。

 しかし、先にも述べたとおり、逆にこういった作品へのイメージが、本作を含めたコーエン兄弟監督作をある種観客から遠ざけているような気もいたします。『回転しないおすし屋さんって、なんだか敷居が高い』と感じる庶民の感覚、あれに近いのではないでしょうか。違いますでしょうか。

 ともあれ、そういった『玄人好み』のコロモをはがしてもなお、本作は実に楽しいのです。一言で申しますと、仕掛け絵本をめくる楽しさ。映画というよりも、玩具を触る楽しさに近いかもしれません。

 と、言ったわけで、今回はそういった玄人要素はあえてうっちゃって、本作の魅力に触れてまいりましょう。

 

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the hudsucker proxy  画像元:https://goo.gl/av3qKy

 

 物語は、頼りない青年が突然社長にされて会社の陰謀に振り回される、というお決まりのパターン。しかしそこはコーエン兄弟、様々な要素が入ってきます。ノーヴィル青年が持つ商品のアイディア、預言者めいた時計の番人、突然現れる天からの使者、などなど、どこか浮世離れした要素が盛りだくさんな上、果てはライバル女性新聞記者とのロマンスまでもがぎっしり詰め込まれています。

 こういった要素が次々と出てくるさまは、正に初めての絵本をめくるあのわくわく感に通じるものがあります。

 

 映像自体の持つ『仕掛け』も、また見逃せません。

 例えばノーヴィル社長が暖めていたアイディアがヒットを飛ばすまでの過程は、すばやいカットの連続であらゆる出来事が網羅され、まるでジェットコースターに乗っているような気持ちよさですし、何より映画が始まってすぐに観せられるとんでもない場面は、いきなりクライマックス、といってよい意外性に満ちています。

 さらに、そのクライマックスの正体が物語終盤で明らかになってからの展開は、アメリカのカートゥーンのような演出とあいまって、奇妙なのにポップ、現実離れしているのに緊張感がある、という、独特な世界をたっぷり堪能させてくれます。

 

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 そして、この映画最大の『仕掛け』。それは、映像の中に出てくる、とある法則性に気づくことで映画の見え方が全く変わって来る、というところにあります。

 物語の根幹に関わることでございますので詳しくは触れませんが、『四角』と『円形』、この2つの図形に注目しながら本作をご覧頂くと、仕掛け絵本のように新たな発見がぽんぽん飛び出してまいります。

 ぜひ、本編でお確かめください。

 

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Tim Robbins 画像元:http://goo.gl/egBy4F


 頼りないながら綱渡りで運命を切り開いていく社長を演じるのは、ティム・ロビンス。ナーズな童顔を生かした演技を魅せてくれます。そして悪役・リップバーガーを演じるのはダスティン・ホフマン。その他ヒロインにはジェニファー・ジェイソン・リー。豪華キャストでございますね。

 

 勿論、コーエン兄弟監督作品常連組のブルース・キャンベルやスティーブ・ブシェミといったアクの強い面々もしっかりと脇を固めております。

 

 

 玄人好みの兄弟監督が撮った、一風変わった社長のサクセスストーリー。

『未来は今』をご紹介いたしました。

 

 (2015.6. 文:黒田 拓)