春。真新しい背広に身を包んだ新社会人が街を闊歩し、学生は不安と希望とを胸に抱いて新しい学び舎での生活を謳歌する。

 こんな時期、街のそこかしこで目にするのは『フレッシュ』という謳い文句。『フレッシュ社会人応援バーゲン』『がんばれフレッシュ大学生』などなど、それはもうフレッシュ尽くしでございます。

 本連載も1年を迎え、あまりフレッシュじゃなくなってきているかもしれない。そんな反省を込め、今回はこのフレッシュまみれの季節にふさわしい一作をお送りします。

  社長が主役の映画なのですが、実はとんでもなく『フレッシュ』な出自を持つ一作です。

  

ポール・ヴァーホーヴェン/トリック

2012年 オランダ映画
監督:ポール・ヴァーホーヴェン

 

 成功を収め、順風満帆の人生を送る社長レムコ。しかしあるとき、彼の元にかつて愛人だった女性ナジャが現れる。それをきっかけに、レムコの会社の経営、そして彼の家族が秘めた問題と秘密とが次々あらわになっていき…。
 

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『Steekspel』画像元:http://goo.gl/0prgpX

 
 この映画には、いくつかの『フレッシュ』な点があります。

 まずその1。実は本編は1時間くらいしかありません。しかし上映時間は90分ほど。簡単に引き算をすると30分ほど余るわけですが、ここに何が入ってくるのかと申しますと、それはメイキング映像なのです。しかもこのメイキング映像、いきなり冒頭に登場します。

 いきなりエンドロールから始まる『マン・オン・ザ・ムーン』、スタッフロールがお尻から逆回しになる『レポマン』など、型破りな構成の映画は多々あれど、メイキングから始まる映画というのも、また相当なフレッシュぶりです。

 しかしこの冒頭メイキング、実は本作を観るにあたって大変重要な役割を持っているのです。
 

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画像元:シネマトゥデイ https://goo.gl/6lrWKN

  
 その重要な役割というのが、フレッシュな点その2でございます。この映画、脚本家はおよそ400人ほど存在しているのです。冒頭部分はプロの脚本家が書きましたが、それは物語の基本的な設定を提示しただけでして、その後の展開は一般公募で作られる。つまり文字通り『みんなで作った映画』なのですね。

 冒頭にいきなり始まるメイキングには、そのコンセプトを説明する大切な役割があった、というわけです。

 ええ? いきなり舞台裏なんか見せられても興ざめだよ。という向きもいらっしゃるかと存じます。確かに当方もそうでした。しかしこれが面白い。監督さんが早々に『こんな大変なことやらなきゃよかった…』と後悔を見せるほどの難産ぶりが、結構なまなましく記録されているのです。

 この映画を監督したポール・バーホーベンは、もともとオランダで映画を撮り始め、のちにハリウッドに進出した方ですが、初期オランダ時代の『第4の男』やハリウッド時代の『ショーガール』『スターシップトルーパーズ』など野心的・挑発的な作品を手がける『やんちゃ』な監督と申せましょう。

 その監督が、野心的な映画を作ろうとして、逆に制作サイドと現場サイドとの板ばさみにあったり、応募されたシナリオ全てに目を通そうとして段々やつれていったりしつつ物語を何とか収束に向けていこうとする姿は、最早やんちゃな親分というよりも中間管理職。

 これはもう、400人のシナリオライターと監督との戦い映画、と言えるかも知れません。
 

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画像元:シネマトゥデイ https://goo.gl/6lrWKN

   
 そして、そのメイキング映像が終わったあとに監督の苦労の結晶である本編を観ることになります。少し意地悪な言い方をすれば『お手並み拝見』と言ええましょうか。

 本編は、一言で申しますと『怒涛の展開』。詳しくお話してしまうとこの映画の魅力を損ねてしまうのでご説明は控えさせていただきますが、公募されたたくさんの物語をつなぎ合わせて作られた物語は『え! この人がこの人と?』『こいつ、こんな性格だったんだ』…などなど、実に起伏に富みテンポよく進みます。

 最初は『この社長、とんでもない人だな…』なんて思うのですが、だんだんその社長がむしろかわいくなってくる。そのくらい、登場人物は多様な姿を見せ始めるのです。

 先の読めないTVドラマシリーズのような趣です。
  

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画像元:シネマトゥデイ http://eiga.com/movie/78251/gallery/

   
 そして、3つ目のフレッシュな点。それは、この映画には2つの楽しみ方が用意されている、ということにあります。

 例えるなら、油絵の鑑賞の仕方でしょうか。まず絵画全体を見て、描かれているもの自体を味わう。そして次にカンバスに顔をうんと寄せて筆のタッチや塗り重ねなどを確かめ、作家が絵を完成させるまでの過程を味わう。このやり方が、本作の鑑賞法にそっくり応用できるのです。

 つまり、まず映画本編の物語を味わい、続いて映画の中に監督の苦労のあとを探す、という楽しみ方でございますね。

 本編中に見えてくるさりげない辻褄あわせや登場人物の性格の整合性の取り方などなど、映画の中にちりばめられたバーホーベン監督の『筆のタッチ』を読み取る。そうすることで、400あまりの一般公募シナリオを元に構成し、なんとか一本の作品に仕上げた監督の苦闘の軌跡が見えてまいります。

 これもまた、大変興味深いものでした。

   
 いくつになってもやんちゃな監督が全力で取り組んだ、あらゆる面で野心的な社長映画。『ポール・バーホーベン/トリック』をご紹介いたしました。

  
 (2015.4. 文:黒田 拓)