巷の少年少女は,この時期とても憂鬱です。

 それは,夏休みも終わりに近づき,2学期の始まりが目前に迫ってくるから。

 これはもう,素敵な体験が夢だとわかり,しかもそれが覚める寸前の,あの感覚と同じようなものなのかもしれません。

 話は変わりまして,この社長INシネマ,毎回映画の中の社長に焦点を当てております。

 社会派映画の中の社長。『おい監督,おまえ会社で働いたことないだろ!』と言いたくなるようなめちゃくちゃな社長。重い結末に真剣に考えを巡らせたり,画面に大声で突っ込みを入れたり。なんとも熱く,忙しい世界です。

 しかしたまには,社長映画の世界にも夏休みが欲しい。

 なにかこう,ほんわりとした社長映画,ないもんでしょうかねえ? 色々な部分をお約束として割り切って,甘く優しい世界に浸ることができる,ひと時の夢のような,そんな作品が。

 

 あった。ありました。

 そういったわけで,今回は,ちょっとした夏休み気分のファンタジー映画をご紹介します。もちろん,社長もばっちり出てまいりますよ!

 タイトルは『ビッグ』。1988年のアメリカ映画です。 

  

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『ビッグ』1988年アメリカ / 画像元:Amazon.co.jp


 『ビッグ』
 1988年 アメリカ映画

 ペニー・マーシャル監督

 主人公である12歳の少年は,訪れたカーニバルで自分が子供であることの無力感を感じ,そこにあった『望みをかなえる』と謳う機械に『大きくなりたい』と願いをかける。

 翌朝,本当に大人の身体になってしまった主人公は,そのことを信じてもらえない親元を離れ,親友と共にニューヨークへ。その地で生活のためにおもちゃ会社に就職する。

 果たして子どもの心を持った会社員は,大人の世界で生きていけるのか…。

 

 ストーリーは,中身が子どもの大人が会社でみるみる成功していくというお約束の展開。

 そして彼の武器となるのが、伝家の宝刀『子どもの発想』です。突拍子もないアイディアが頭の固い大人を刺激し,認められていくその様はお約束ながらもなかなかに痛快です。

 その中で子どもに戻るか否かの選択を迫られる主人公の苦悩と,友人との絆もまた,心温まるお約束。

 このように,様々な『お約束』の中で安心して楽しめる映画ですが,決してそれだけにはとどまりません。

 主人公は勤務先の会社の女性重役と恋に落ちるのですが,この2人の精神年齢の違いを上手く使った台詞のやりとりには,ハリウッド黄金期の映画のような,洗練された言い回しとユーモアとがあります。こういった,ニヤリとさせる細かい演出やせりふ回しが,また憎いところでございます。

 

 本作品の主演であるトム・ハンクスは,当時はコメディアンとしての活動が中心ではありましたが,その演技力は卓越しており,その動きを観るだけでも楽しめます。

 特に,朝起きて身体が大人になってしまい,ブリーフ1丁で母親にすがりつこうとするシーンの歩き方や身体の動きは,まさに子どもそのもの。

 時には『それ,本当に12歳のやること?』というやりすぎの部分もちょっと見受けられたりもしますが,そこはそれ,大人向けファンタジーの御愛嬌でございますね。

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『ビッグ』劇中より 画像元:http://goo.gl/MGGOfK

 

 さて,いよいよ本映画の社長のお話です。

 この社長,この手のハリウッドファンタジー映画では珍しく,悪役ではありません。

 頭の固い社長が少しずつ心を開いていく,という方向性ではなく,少年の心を持った型破りな社員に可能性を見出し,何くれとなく面倒を見る,という描き方がなされています。

 つまり,主人公を導く重要な役割を担っているのです。

 主人公の振る舞いに注目し,声をかけ,おもちゃ売り場に置かれている巨大なピアノ鍵盤を一緒にとび跳ねながら足で演奏する場面は,本映画屈指の名シーン。

 時折ミスをしながらも最後まで演奏する社長は,心底楽しそう。

 こういったあたりを観るにつけ,本作の社長像には,どちらかといえば理想の社長という以上に『理想の父親』という役割が重ねられているのかも知れません。

 

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ロバート・ロッジア 画像元:NNDB / http://goo.gl/gglMH3

 社長役はロバート・ロッジア。

 当時この映画を観た時には『え。この人が社長役?』と少々意外でした。

 この役者さんの演じたキャラクターとしては,80年代末に日本でも放映されたTVシリーズ『FBI特別捜査官』の主人公・マンクーゾ役が有名でしょうか。正義を愛する一匹狼のFBI捜査官。石田太郎の渋い吹き替えと相まって,大変格好良うございました。

 このイメージが非常に強かったので,『あのマンクーゾが社長?』という驚きを覚えたのですが,よく考えてみればロバート・ロッジアの本領はそれだけにとどまらないのでした。

 『愛と青春の旅立ち』の主人公のぐうたら親父から,『オーバーザトップ』のリッチな敵役まで。実に多彩な役を自在に演じ分けています。まさに名バイプレイヤーといったところでしょうか。

 そんなキャリアの中でも,『インデペンデンスディ』の将軍役や『サンタリア』の警部補役,その他顧問弁護士役といった権威ある役を多く演じています。どこか大物感のある居住まいに,役を選ばない演技力。それが,この映画のどこか父親を思わせる社長役にぴったりとはまっています。

 

 演技派バイプレイヤーが演じる,包容力ある社長が華を添えるファンタジー映画。

 『ビッグ』をご紹介いたしました。

 

  (2015.8. 文:黒田 拓)