不朽の名作、というものがあります。

 今回ご紹介いたしますのも、そんな名作のひとつでございます。

 他方、名作と申しますと、これがどうも堅苦しいイメージがある。敷居が高い。たとえば『ひまわり』なんていう映画がございますが、こちらは台詞がみんなイタリア語ということもあってどうにも観るのが億劫だ、なんておっしゃる方も多うございます。実際に見てみると、心に余韻がいつまでも残る、『不朽』の冠に違わない名作ではございますが…。

 今回ご紹介する映画は、そんな『不朽の名作』の筆頭に上げられるような類の作品です。

 堅苦しい、という向きもございましょうが、実はこちら、とある部分でとてつもなく型破りな歴史を持っています。

 この映画、映画の中の社長をめぐり、本物の社長が大暴れした映画なのです。

 その映画こそが、『市民ケーン』。1941年のアメリカ映画です。

 まずは物語のあらましをご覧いただきましょう。

 

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画像元URL: http://goo.gl/WR38P3

   
    『市民ケーン
  1941年制作 アメリカ映画
   オーソン・ウェルズ監督

 

《作品あらすじ》

『バラのつぼみ』。その言葉を残し、新聞王ケーンが死んだ。彼の経歴を報じた映像を見て疑問を感じた、とある編集者にケーンの経歴を探るように命じる。

やがて見えてくるケーンの生涯と私生活、そして彼の心の奥に秘められていたもの。果たして『バラのつぼみ』とはいったい何を表しているのか?

 

 

 この映画は、おそらく世界で一番有名な社長映画ではないでしょうか。

 何故かと申しますと、とにかく評価が高い。

 たとえば、イギリスの映画誌が10年ごとに選ぶベストテンで批評家部門40年間堂々の1位。映画監督部門でも常にベスト3に名前が挙がります。

 うむむ。批評家、そして映画監督。この業種からもお分かりのように、この映画、『業界ウケ』のよさそうな要素を実にたくさん持っています。

 本作には、ひとつのシーンを画面を切り替えずに延々と撮り続ける手法や、『パンフォーカス』と呼ばれる、画面に映りこんでいる人物やものすべてにピントが合い、くっきりと写る手法、そして過去と現在の場面が交錯しながら物語が進んでいく構成などなど、現在では当たり前になっている撮影方法のバリエーションが多数詰め込まれています。

 この映画が使って見せたさまざまなテクニックが以降の映画の撮影に大きな影響を与え、定着していったという側面があります。いわば撮影技法のお母さんといえましょうか。

 こんなあたりが、業界ウケの理由なのかも知れません。

 

画像元URL: http://goo.gl/KPQD9z

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 では、クロウトの皆様以外にはつまらないのか、と申しますとさにあらず。

 メディアを牛耳る新聞王が残した謎の言葉を追ううちに明かされていく彼のとんでもない経歴、そして心の内側。サスペンス要素たっぷりのエンターテイメントとしても十分楽しめます。先の撮影技術も決して一人歩きすることなく、しっかりと物語を盛り上げてくれるのです。

 特に、ケーンがメディア関連の企業を買い占めて上り詰めていくその姿を、どこか不安なアングルや照明で描き出す一連のシーンは、オーソン・ウェルズの監督としての力量を十二分に感じさせます。

 そんな、観客を、そして玄人をもうならせる本作ですが、何故か公開当時の評価は相当に低いものでした。アカデミー賞も6部門でノミネートされたにもかかわらず、受賞したのは脚本賞のみ。あれだけの革新的な撮影技法を駆使したにもかかわらず、です。

 

ここに、冒頭で申しました『本物の社長』が登場いたします。


200px-William_Randolph_Hearst_cph_3a49373  社長さんの名前はウィリアム・ランドルフ・ハースト。20世紀初頭にアメリカのメディア系企業を買い占め、一台コングロマリットを作り上げた新聞王。まさにケーンそのものです。ケーンは、彼をモデルにして生み出されたというわけですね。

 その存命中に本映画が作られたものですからもう大変。自分を侮辱するような映画が制作される、と怒ったハースト社長は新聞社はもちろん劇場にも手を回し、徹底的に本映画への妨害工作を行ったそうです。結果、上映館は激減し、マスメディアの評価は散々。

ある意味、新聞王ハーストの面目躍如といったところですが、現代なら大変なことになっていたかもしれません。

 

 実は製作・監督・脚本共著、そして出演をもつとめたたオーソン・ウェルズは、メディア批判などといったことを意図していたわけではなく、題材として面白そうだから使った、というだけだったようですが、この一件や、次回作の映画が不評だったこともあり、以来自分の映画を撮るための資金繰りに苦労し続ける羽目となりました。

 怪しげな風貌と意味ありげな芝居でとんでもないB級映画にちらりと登場する彼の姿を見ると、実はその運命を嘆いていたわけではなく、どこか楽しんでいたのかもしれないな、とも思わせてくれます。

 

 ともあれ、不朽の名作という位置づけの本作ですが、実在の新聞王・ハーストのことを知ってから見ると、にやりとさせられたり、ぞっとさせられたりと、また違った側面を見せてくれる不思議な映画でもあります。

 

 映画の中の社長を巡って、本物の社長が大騒動を巻き起こした作品。

 『市民ケーン』をご紹介いたしました。

  (2015.10. 文:黒田 拓)