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 地域学校との交流、そして女性の目線 ~社長の新たなる試み

 

― 菅原社長は2015年6月に社長に就任されたのですね。

菅原「平成7年に先代から兄貴が社長を引き継いで、その時、私が専務になりました。一緒にずっとやってきたので、自分としては社長になるつもりが全く無かったんです。年は3つしか違わないし、兄貴も引退する必要は全然ないんですけど、俺にやらせたいと兄貴が思ったんじゃないでしょうかね。それで去年の6月に『おまえ、やれ』って有無を言わさず(笑)」

 

― 去年、社長に就任された時に、なにか特別な思いはありましたか?

菅原「兄貴と一緒に2人でやってきましたのでね。結構ね、現場に出てる時からボランティアだったり、早くからそういう取り組みを実行していた方なんです。現場に入ってすぐ、小学校に図書券を持って行って、子供達に『ここで工事するから、危ないから近づかないでね』って。30、40年前かな。地域の子供達に自分の親父がどういう仕事をしてるのか? ということで見学会を開いたり、学校に重機を持って行って写生会したり」

 

― 地域との交流をすいぶん早くからしていらっしゃったんですね。

菅原「ええ、それは早かったと自負しています。女性パトロール隊とかね」

 

― それはどういったパトロール隊ですか?

菅原「世の中の景気が良かった時代、女性の事務員さんがたくさんいましたから、その女性たちに現場をパトロールしてもらうんです。そうすると、視点が違うんですよ。トイレが汚い。とかね」

 

― それは当時、画期的な試みでしたでしょう。

菅原「新聞にも取り上げてもらってね。今はもう当たり前になってますけどね。ちょっと早すぎたかな(笑)」

 

― 菅原社長の提案で実行なさったんですか?

菅原「まずは自分の現場でやりました。やってみて始めて、これはいいな。ということでみんながやり始める。昔はね、会社にお伺いを立てると『そんなことやらなくてもいい』ってなるので(笑)。先にやってしまってから、やったから。ってね。作業員の現場切り上げの旅行とかね。これだけ利益上げたんだから行ってくるよ。って」

 

― 社長との信頼関係があったから、新しい試みに挑戦できたんでしょうか。

菅原「あくまでも結果が出ないとダメだと言われますけどね。現場ですから。例えば、利益18%出すぞ、という現場で25%出したから3%使ってもいいべ。っていう交渉です。そこの利益が15%しか出なかったら絶対ノーです」

 

― 利益を上げつつ、さらに新しい試みを始められる。そういった新しい発想はどこから生まれたんでしょうか? お仕事も相当お忙しかったと思いますが…

菅原「忙しいから出たんでしょうね。働いている人の給料を変えたのも私なんです。昔は日当でいくら、という風に給料計算をしていたので、1日中ベたらーっと作業をしてたんです。こりゃダメだな。と思って出来高給にしました。ブロック1個いくらとかね。これまで1日5個しか打ってなかっところ、7個打てば給料3000円増えるぞ。っていうとね、働いてる人はやる気になりますよ。私の現場だけそういう風にして払うことにしました。そうすると自然に、働く時間の中でどういう仕事をしなきゃならないか、働いている人が身を持ってわかってくる。それが金になってくるんです」

 

― そういう新しい試みを実行するには勇気が要りますでしょう

菅原「親子だから出来たんじゃないですかね。俺が言えばわかってくれるな。って思ってました」

 

― 小さい頃はあまり一緒に居られなかった先代社長は、どういうお父様でしたか?

菅原「怒られたことが一回もないです。家ではね。仕事では怒られたことあるけどね(笑)。兄弟全員に一度も手を挙げたことがない人でした。父親の父親という人が船乗りで、機関長をしていておっかない人だったから、自分の子供には手を挙げないと決めた。と言っていました。それを実行した人でした」

 
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