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 映画、スキューバ、一人旅…。新鮮な経験と衝撃が、遊びの醍醐味!

― つづきまして、遊びのお話を聞かせてください。休日は何をしてお過ごしですか?

風間「本を読んだりしてます。あとは、ビデオ大会が始まるんです。一人で(笑)。DVDを借りてきて一晩中、寝ないで映画を観たり。それか、何も考えないでボーっとしてる。無になる時間ですね」

 

― おすすめの本がありましたら、教えていただけますか? 

風間「しばらく前に読んだ本なんですけど、三島由紀夫の『春の雪』。これは今でも印象に残っています。他に最近好きで読むのは湊かなえさんの作品とか。『ストロベリーナイト』の誉田哲也さんとか。サスペンス系が好きです」

 

― 映画はおすすめありますか?

風間「映画は、昔から好きで。実は、実家の裏が映画館だったんです。月寒劇場っていう名前でね。映画館の入口横にブロマイドがいっぱい貼ってあって、当時のスターの写真やポスターがズラーっと並んでる。それを毎日見に行くのが日課でした。洋画を見るようになったのは中学に入ってからで、『ウエストサイドストーリー』とか、プレスリーとアン・マーグレットが共演した『ブルー・ハワイ』シリーズ。いままでに見たことのないこの海!なんなの!?って憧れて。忘れられない映画は『ディア・ハンター』。あれは見た後、一週間くらい話できなくなっちゃった。それくらい衝撃でした。『コットンクラブ』っていう映画があって、1920年代禁酒法時代のニューヨークが舞台なんだけど、黒人がJazzを演奏するクラブに着飾った白人が集まって。あれを見た時に、ああ、私この時代に生まれていたら、ギャングの女になって自由奔放な人生を送っただろうなあ。って思ったりして(笑)」

 

― お話を伺ってきて思うんですけど、風間社長のように大人になってもなお、その想像力あふれる、みずみずしい感性を保つには、どういう秘訣があるんですか?

風間「(笑)映画も好きだし、音楽も好きだしね。2010年にシャーデー(※Sade:イギリスの女性ヴォーカルバンド)がアルバム『ソルジャー・オブ・ラヴ』を発表し、しかもニューヨークでコンサートがあるって。これは絶対に観たい!って思って駆けつけたんです」

 

― ニューヨークへライブを観に。おひとりでですか?

風間「そう(笑)。で、現地に行ってみたら、好評だから、今度はニュージャージーで演るって。え!ニュージャージ―?そのチケットも買う!って」

 

― ハシゴして追っかけたんですか!ニューヨークから?

風間「ニュージャージへはニューヨークからバスで行けるから(笑)。ラスベガスにマドンナのコンサート観に行った時もそう。公演10日前になってコンサートがあるのを知って、これは行かなきゃだめでしょ。って(笑)。なんとかコンサートチケットが取れたので、飛行機を予約して、とにかく行きました」

 

― さすが、高校生で京都から北海道へ家出する方はスケールが違いますね。

風間「他に趣味といえば、ゴルフとスキューバダイビング。最後に行ったのはバハマのカリブ海。きれいでした」

 
― 札幌から小樽へ行くみたいにおっしゃいますね!カリブ海!

風間「最近は、旅が決まるまで家族には言わないんですよ。飛行機おさえてから『ちょっと行ってくるから』って」

 

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― 行動力があって、元気いっぱいの風間社長ですが、ストレスを感じる時というのはありますか?

風間「それがですね、こう見えて、頭から足の先までストレス玉がいっぱい詰まっているのが私なんですよ(笑)。辛いことがあっても人に話さず、自分の中に溜めこむことが多くて、それがストレスになっていたんでしょうね。40歳を過ぎたころに、立ち上がれないくらい具合が悪くなってしまって。首が支えられなくて、起き上がれない状態。神経的にダメになって食べられないんですよ。体重も落ちて42kgまで痩せて。そういう状態が1年以上続いて辛くて辛くてね。10階のこの部屋から飛び降りたら楽になるかな。って思うくらい。今思うと、びっくりする話なんですけど、ホントの話ですよ(笑)。20代中ばから2人の子供を育てながら、ずーっと今現在まで働いてきたわけでしょう。休んでいた期間が無かったんです。働きっぱなし」 

 

― 子育てと仕事。どちらも全力でやってこられたのでしょうね。

風間「そんな中で、子供たちには感謝してるんです。なんにもしてやれなかったけど、グレることもなく、家庭を持って、仕事に就いて、まともでいてくれる。本当に感謝。自分も親が忙しくしてそういう風に育ったので、子供の気持ちも分かるから、できるだけ相談には乗って、一緒に結論を出せるようにはしていたんです。学校の進路相談とか、三者面談とか、そういう時には、どんなに遠くで仕事をしていても必ず帰って来て、参加していました。東北で雪に降られて飛行機が飛ばない日も、なんとか列車を乗り継いで、駆けつけて。時間と時間の綱渡りみたいな感じでしたね。今思うと。その時の方が生きてた気がするけどね(笑)」

 

― スーパーおかあさんですね。子供たちは親が約束を守ってくれるかどうか、言ってることに矛盾がないか、そういうところをしっかり見て育ちますからね。

風間「働き蜂でね。でも、ふっと、気が抜けた時に身体に出たんでしょうね。1年くらい辛い時期が続いて、手術しなくてはいけない、と言われたんですけど、なんとかけん引してもらってね。頸椎の6番と7番って言われたかな。職業病です。現場行ったら重いもの持ったり、そういったことの積み重ねでしょうね」

 

― それでも、体調不良を押してお仕事続けていたんですか?

風間「出てました。そんな時でも仕事に出ていて良かったな。と思うのは、そういう時って、気持ちが内側に入り勝ちじゃないですか。でも現場へ行けば、仕事があって、スタッフがいて、その時は元気にしてなくちゃいけないから。かえって良かったですよ。周りからは大丈夫?って心配はされてましたけど、現場に出ているうちに症状も少しずつ楽になってきて。対処法も自分でわかってきて。今はこうして、あちこち出歩いて楽しんでます(笑)」

 

― 先程のお話にも出てまいりました『ひとり旅』に出られることも、ストレス解消になりますか?

風間「そうですね。旅って必ず、色々な違いや出会いにぶつかりますよね。そして、誰にも頼れない。頼れるのは自分だけ。その自分さえもいい加減なことをして、大変なことになっても(笑)それを乗り越えなくちゃならない。目的を達成するために、とにかく全力を尽くしてね」

 

― 最後に今後の目標と夢を教えていただけますか?

風間「生活と仕事、人生と愛。それぞれって本質的につながっていると思うんです。最高の仕事を求めていけば、最高の生き方に結びつくし、素晴らしい人たちにも出会える。ですから、これを全て一続きのことだと考えて、妥協しないで、求めていきたいと考えています。

 夢については、『永遠の命と思って夢を持ち、今日限りの命と思って生きる』が信条です。新しい自分を発見するため、常に未知の旅や新しい出会いの機会を大切にしていきたいと思います。機会があれば、海外で生活したい!と思ってます」

 

 

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 風間 和子 (かざま かずこ)
 
1951年11月2日 札幌
出身 血液型 O型 

 お転婆で活発な少女時代を経て、高校時代は
バスケットボールで2度のインターハイ出場を
経験。1989年モデル事務所『Model Casting
Office Kazz』
設立。1995年からロケーション
コーディネート会社『ワークスロケーションクルー』
の傘下となり、同社取締役を務める。
 2015年ウェディング会社『Kazz&co.』設立。

  (取材:2016年 1月)

 

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